「2015文学部的状況」考
2015年8月1日の京都新聞『ニュースを読み解く』欄に「人文系学問の未来」と題して二人のインタヴューが載っていた。ひとりは(京都大学研究科長・文学部長)川添信介氏、もうひとりは(国際日本文化研究センター所長)小松和彦氏。
博物館の所蔵品のようになってしまった人文系学問≒大学文学部については、もはや関心にも及ばないという向きもあるだろうが、文学部はともかく「文学」一般は大切である。記事を出発点に、すこし考えてみよう。
ところでこのインタヴュー欄は、いつもは、護憲派:改憲派であるとか、規制緩和:護送船団とか、TPP:JA?とか、国債増発:消費税増税とか、紙上の「二家争鳴」が狙いのはずなのだが、今回は、両者の主張を逆にしても気がつかないほどであった。
「しかし、人文学が人類全体にとって必要という前提に立てば、学問を継承する人材を育てるという役割を放棄するわけにはいかない」(川添氏)
「極東にあり、西から来た文化が蓄積した日本には、自分たちでも気づかないような世界に影響を与える文化がたくさんある。・・・埋もれている文化を掘り起こして学問としての意義を発信する伝道師的な研究者を育てていく必要がある」(小松氏)
構成されたインタヴュー記事の中から「山」の部分を拾って引用したつもりだが、それでもこの主張にはするどさがない。二人の相乗効果どころか、相和効果もかなりあやしい。両者とも「人文学が人類全体にとって必要という前提」や「日本には世界に影響を与える文化がたくさんある」ことを具体的にあきらかにして、あまねく知らしめれば、予算がどうの、制度がどうの、最近の学生がどうの、という繰り言に終始する必要などなく、問題はほぼ解決である。これは過大な要求であるかもしれないが、こういう表現ができるということが文学なのであって、両者の肩書には、そういう目標くらいは含まれているはずだ、とわたしは思うものだ。
けれども大学の惨状はともかく、「人文学の意義」や「日本文化の世界性」について発信する人は、減ってはいない。大学にいないだけである。むしろ文学一般への欲求は高まっているとみる。
日本国内にいるだけにせよ、イスラム圏や中国の人々との関係は今後も増えて深まることだろう。その場その場で我々は適切な対応を迫られている。
また、個人がなにかに帰属する、といった意識は、ますます希薄になることだろう。それにともなって死生観も変化しないわけにはゆかない。
誇りや自尊心が、快適や安逸にどんどんすり替わってゆく。怒りの矛先が、無関係な人に向けられたり、また過度に抽象的になりはしていないだろうか。
こういったことを考えるのが、広義の文学であるはずなのだ。
そして研究室の狭義の文学もまた解放されつつある。知見はわたしの守備範囲に限ってであるが、この1、2年のWEB上の古文献の充実はすごい。しかしこれもまだまだ序の口で、大学が文科省傘下である以上は、年々一層有益性を迫られることはたしかで、所有の蔵書文書のWEB公開も追いたてられてなお加速することだろう。
京都にある国宝文書、
御堂関白記(陽明文庫)
東寺百合文書(京都府総合資料館)
のWEB公開も時間の問題だとわたしは思う。このふたつがWEBに上がれば「明月記」の主要部もきっとつづくだろう。未公開の文献は、国宝といえども見捨てられてしまうだろうからだ。肩書がなくても、だれもが文献にかなり接近することができるようになる。どうしたって大学の文科の空洞化はとまらない。
ところでいささか意地悪だが、相当の地位にある大学の先生には、ちょっと質問してみたいことがある。
「あなたは大学を離れて無職無給になっても、望まれれば弟子を指導することができますか。そして名誉教授のあなたに弟子が来ると思いますか」
殉教の覚悟を訊ねているのではない。人文学の価値をどこまで信じているかが知りたいのである。
http://agora-web.jp/archives/1651291.html
agora投稿分2015/08/03
2015年8月8日土曜日
2015年8月2日日曜日
「官製観光」考
「官製観光」考
官製観光といっても、このおはなしのサイズは大きくない。観光庁への言及もしない。ここ京都市に限ってのことである。
その京都市の観光客数は、ここ十数年ほぼ右肩上がりで、京都市の推計では年間観光客数は、4000万人から5000万人余に増加したことになっている。
ただしこの数値は、たとえば京都在住のわたしが清水寺駐車場に駐車しても、また東京から新幹線に乗車して京都駅に帰ってきても増加するたぐいのものなので、いわば指数である。しかし4千が5千になったというのは、実感を裏切っていない。混雑のシーズンでは、4が7に化けた気がするほどだ。
京都市はこの間、さまざまな観光施策を打ったが、結論からいうと、「口パク効果」以上のものは、ほどんどなかった。PAにあわせて施策の歌を歌っているふりをしているだけであって、増加の主因は他にある(「施策なしの場合」という対照群を示せないのが残念だが、リニア奈良駅が開業した時には、すべての説明がつくかもしれない)。
わたしの考えるところその主なものはふたつある。ひとつは鉄道会社の宣伝であり、もうひとつは個々人の勝手な発見である。前者の事情はよく知られているので、ここで説明が必要なのは後者の「個々人」の場合であろう。
ひとつ例を挙げれば、右肩上がりの発端となった1999年から2000年の魔界ブーム。すくなくとも市役所の中にはこのブームの音頭取りはいなかった。ネットの力がまだまだの頃だったが、個々人が情報を集めて京都へ来た。翌2001年の映画「陰陽師」はそれを後押ししたとはいえ、牽引したわけではない。
また最近ではフシミイナリである。魔界ブームは日本人発だったが、これは外国人発。ツイッターやらフェイスブックやらで広まったらしいが、その足跡追跡はもう不可能だろう。その結果、トリップアドバイザーでは年々順位を上げて、昨年2014年に日本国内1位を獲った。現在はそれを知った日本人が、ちょうちん買いに入った模様。
伏見稲荷は世界遺産ではない、まして官製観光の援助があったわけでもない。おいなりさんのHPも、日本語のものしかない。ネット勝手連がいかに強いかの好例である。
そして最近は、受け入れもまた個々人であることが増えた。これは言ってみれば「縁故観光」である。国外から日本に移り住んだ者が、親戚や知人、はたまた知人の知人を呼びこむ。レンタカーを借りて市内を案内し、ネットで確保しておいた宿に泊める。自己設定のパッケージとしてまとめて費用を請求するらしい。市役所はこんな動向をどこまで知っているのかしらん。
ともかく市役所=おいけ(普通、京都の者は河原町御池にある市役所のことを親愛の情を込めて「おいけ」と呼ぶ)の施策は利いていない。望むべくは「余計なことはしないでくれ」であろうか。それに今後いっそう望まれる富裕層へのアプローチにとって、5000万とかいう準天文学的数値は、むしろ邪魔にさえなる。
ちなみにだが、古い旅館やホテルを買い取って改築した富裕層向けのホテルは、京都に向けては一切の宣伝活動をしていない。「星のや」はともかく、鴨川の「リッツ」、嵐山の「スターウッド」のなんたるかを具体的に知る京都人はどのくらいいるだろうか。もちろんわたしも知らない(昔の名前の「嵐峡館」「ホテルフジタ」「嵐亭」なら、まだみんなよく覚えている)。
しかし作戦は止まらない。粗雑な統計を元に、効果があると自己暗示にかけているとしか思えない。止まらないだけではなく、最近では四条通りの車線を片側2車線から1車線に減らす暴挙に出た。こうして車を追い出す一方、二条城では、その史跡の上に駐車場を作る計画を立てている。
四条通りは、観光道路であり、生活道路であり、商業道路であり、市バスの最重要経路である。二条城は世界遺産である。これらは暴挙というか笑挙で、作戦に際して、自らの補給路や基地を攻撃する参謀がどこにいるだろうか。
http://agora-web.jp/archives/1650277.html
agora投稿分2015/07/31
官製観光といっても、このおはなしのサイズは大きくない。観光庁への言及もしない。ここ京都市に限ってのことである。
その京都市の観光客数は、ここ十数年ほぼ右肩上がりで、京都市の推計では年間観光客数は、4000万人から5000万人余に増加したことになっている。
ただしこの数値は、たとえば京都在住のわたしが清水寺駐車場に駐車しても、また東京から新幹線に乗車して京都駅に帰ってきても増加するたぐいのものなので、いわば指数である。しかし4千が5千になったというのは、実感を裏切っていない。混雑のシーズンでは、4が7に化けた気がするほどだ。
京都市はこの間、さまざまな観光施策を打ったが、結論からいうと、「口パク効果」以上のものは、ほどんどなかった。PAにあわせて施策の歌を歌っているふりをしているだけであって、増加の主因は他にある(「施策なしの場合」という対照群を示せないのが残念だが、リニア奈良駅が開業した時には、すべての説明がつくかもしれない)。
わたしの考えるところその主なものはふたつある。ひとつは鉄道会社の宣伝であり、もうひとつは個々人の勝手な発見である。前者の事情はよく知られているので、ここで説明が必要なのは後者の「個々人」の場合であろう。
ひとつ例を挙げれば、右肩上がりの発端となった1999年から2000年の魔界ブーム。すくなくとも市役所の中にはこのブームの音頭取りはいなかった。ネットの力がまだまだの頃だったが、個々人が情報を集めて京都へ来た。翌2001年の映画「陰陽師」はそれを後押ししたとはいえ、牽引したわけではない。
また最近ではフシミイナリである。魔界ブームは日本人発だったが、これは外国人発。ツイッターやらフェイスブックやらで広まったらしいが、その足跡追跡はもう不可能だろう。その結果、トリップアドバイザーでは年々順位を上げて、昨年2014年に日本国内1位を獲った。現在はそれを知った日本人が、ちょうちん買いに入った模様。
伏見稲荷は世界遺産ではない、まして官製観光の援助があったわけでもない。おいなりさんのHPも、日本語のものしかない。ネット勝手連がいかに強いかの好例である。
そして最近は、受け入れもまた個々人であることが増えた。これは言ってみれば「縁故観光」である。国外から日本に移り住んだ者が、親戚や知人、はたまた知人の知人を呼びこむ。レンタカーを借りて市内を案内し、ネットで確保しておいた宿に泊める。自己設定のパッケージとしてまとめて費用を請求するらしい。市役所はこんな動向をどこまで知っているのかしらん。
ともかく市役所=おいけ(普通、京都の者は河原町御池にある市役所のことを親愛の情を込めて「おいけ」と呼ぶ)の施策は利いていない。望むべくは「余計なことはしないでくれ」であろうか。それに今後いっそう望まれる富裕層へのアプローチにとって、5000万とかいう準天文学的数値は、むしろ邪魔にさえなる。
ちなみにだが、古い旅館やホテルを買い取って改築した富裕層向けのホテルは、京都に向けては一切の宣伝活動をしていない。「星のや」はともかく、鴨川の「リッツ」、嵐山の「スターウッド」のなんたるかを具体的に知る京都人はどのくらいいるだろうか。もちろんわたしも知らない(昔の名前の「嵐峡館」「ホテルフジタ」「嵐亭」なら、まだみんなよく覚えている)。
しかし作戦は止まらない。粗雑な統計を元に、効果があると自己暗示にかけているとしか思えない。止まらないだけではなく、最近では四条通りの車線を片側2車線から1車線に減らす暴挙に出た。こうして車を追い出す一方、二条城では、その史跡の上に駐車場を作る計画を立てている。
四条通りは、観光道路であり、生活道路であり、商業道路であり、市バスの最重要経路である。二条城は世界遺産である。これらは暴挙というか笑挙で、作戦に際して、自らの補給路や基地を攻撃する参謀がどこにいるだろうか。
http://agora-web.jp/archives/1650277.html
agora投稿分2015/07/31
2015年7月28日火曜日
「世界のアンドー」考
「世界のアンドー」考
関西の安藤忠雄が、日本の安藤になろうとしていたころ、関西のTVは、彼のことをしばしば特集していた。話のおもろいおっさんが、寄せ集まりのような若い衆とケッタイな建物をつくる。番組では面白いところだけ選りすぐったのだろうが、ドキュメンタリーとしてサマになる人物だったのだ。ここ京都にも安藤作品がチラホラ建ちはじめていて、それなりに好奇心をそそる外見だった。
やがて安藤は世界のアンドーとなって、それはそれでよかったのだが、今回の国立競技場騒動ではちょっとびっくりした。
まず審査員だったということ。なぜ選手としてコンペに参加しなかったのだろう。20年前のアンドーなら、絶対レフェリーやジャッジになったりはしない。俺はグローブをしてリングに上る!だったのじゃあなかろうか。
びっくりしたのはこれだったが、がっかりしたのは弁解である。
デザイン決定後の基本設計や実施設計には
「審査委員会はかかわっていない」
2520億円という金額に関しては
「何でこんなに増えてるのか、分からへんねん!」
これは漏れてきたコメントなのだが、面白くともなんともない。斯界一の権威が「なんでこうなったのか知らん判らん」では、収まるものも収まらない。現代の建築家は、梁の大きさやら床の面積やらから、工期や予算を叩き出してみようとはしないようである。
しかし記者会見ではこんなことを言っている。
「1964年の東京オリンピックとは時代が違って、コンピューターで徹底的に解析することによってできる美しい建築があるだろうと思っていた」
彼が審査にまわったのは、どうもこのあたりに理由があるようだ。
建築家と建築が、工学から離れて、芸術からも離れていって、経営学の範疇に入ってしまったのが現代であるわけだが、その先端を走っていたはずの彼でさえ、もう新しい建築の方向を的確に掴んで表現することはむつかしいのだろう。レフェリーという名の隠居である。
建築学会賞を受賞した作品であっても、その建築家にヒットが続かないとなると容赦なく壊される。建築家は存命中に代表作を失ってしまうことさえあるのだ。施主が建築家に要求するのは、構造でもなく、使い勝手のよさでもなく、まずは新奇さとその建築家の持つ名声なのであろう。程度の差こそあれ安藤の作品も似たような工程をたどる。今度の一件はそのスピードを早めたようである。
しかし、である。事態がここに至るまで「選手の目線で競技しやすい競技場を作るべきだ」という主張はどのくらい出たのだろうか。全然聞こえてこない。ある人が「鳥じゃあるまいし、こんなもの俺は真上からは見ない」と言っていたが、その通り。
http://agora-web.jp/archives/1649764.html
agora投稿分2015/07/24
関西の安藤忠雄が、日本の安藤になろうとしていたころ、関西のTVは、彼のことをしばしば特集していた。話のおもろいおっさんが、寄せ集まりのような若い衆とケッタイな建物をつくる。番組では面白いところだけ選りすぐったのだろうが、ドキュメンタリーとしてサマになる人物だったのだ。ここ京都にも安藤作品がチラホラ建ちはじめていて、それなりに好奇心をそそる外見だった。
やがて安藤は世界のアンドーとなって、それはそれでよかったのだが、今回の国立競技場騒動ではちょっとびっくりした。
まず審査員だったということ。なぜ選手としてコンペに参加しなかったのだろう。20年前のアンドーなら、絶対レフェリーやジャッジになったりはしない。俺はグローブをしてリングに上る!だったのじゃあなかろうか。
びっくりしたのはこれだったが、がっかりしたのは弁解である。
デザイン決定後の基本設計や実施設計には
「審査委員会はかかわっていない」
2520億円という金額に関しては
「何でこんなに増えてるのか、分からへんねん!」
これは漏れてきたコメントなのだが、面白くともなんともない。斯界一の権威が「なんでこうなったのか知らん判らん」では、収まるものも収まらない。現代の建築家は、梁の大きさやら床の面積やらから、工期や予算を叩き出してみようとはしないようである。
しかし記者会見ではこんなことを言っている。
「1964年の東京オリンピックとは時代が違って、コンピューターで徹底的に解析することによってできる美しい建築があるだろうと思っていた」
彼が審査にまわったのは、どうもこのあたりに理由があるようだ。
建築家と建築が、工学から離れて、芸術からも離れていって、経営学の範疇に入ってしまったのが現代であるわけだが、その先端を走っていたはずの彼でさえ、もう新しい建築の方向を的確に掴んで表現することはむつかしいのだろう。レフェリーという名の隠居である。
建築学会賞を受賞した作品であっても、その建築家にヒットが続かないとなると容赦なく壊される。建築家は存命中に代表作を失ってしまうことさえあるのだ。施主が建築家に要求するのは、構造でもなく、使い勝手のよさでもなく、まずは新奇さとその建築家の持つ名声なのであろう。程度の差こそあれ安藤の作品も似たような工程をたどる。今度の一件はそのスピードを早めたようである。
しかし、である。事態がここに至るまで「選手の目線で競技しやすい競技場を作るべきだ」という主張はどのくらい出たのだろうか。全然聞こえてこない。ある人が「鳥じゃあるまいし、こんなもの俺は真上からは見ない」と言っていたが、その通り。
http://agora-web.jp/archives/1649764.html
agora投稿分2015/07/24
2015年7月25日土曜日
二条城バス駐車場について(文化庁への公開書簡)
謹 啓
京都市にある国の史跡「二条城」につき、あらためてご注目たまわりたく、以下一筆申し上げます。
京都市の市街中央に位置する二条城は、築城400年を越え、相当の部分が国宝の指定を受け、かつ国の史跡となっております。東寺の五重の塔とならんで、京都市を代表する古建築であり、世界遺産としてユネスコに登録されていることは、ここに申し上げるまでもありません。
非宗教的なものでは唯一のものであること、その外堀、内堀の石垣の全長が6㎞以上あること、平地にあって面積が20万㎡以上あることなど、二条城は、京都地域にある17の世界遺産の中でも際立った特徴を有しております。
現在、京都市の文化市民局文化芸術部元離宮二条城事務所がこれを管理し、一日平均の入城者は4千人以上を数えます。
市街に立地することから、地下鉄の二条城前駅が隣接するほか、二条城の入城口である大手門の前の堀川通りを通るバスの本数も十分にあり、一般入城者のほとんどは公共交通機関を利用してこの城を訪れます。一方、修学旅行生も多数で、その形態は、かつての団体移動から班別少人数の移動の見学に移行しつつあるとはいえ、大型バスが使用される場合もまだまだ少なくありません。
ところで二条城は、幹線道路の堀川通り側に広い駐車場スペースを有しています。管理者は一般財団法人京都市都市整備公社であり、バス30台、乗用車216台の駐車が可能です。修学旅行で、バスの駐停車スペースの不足で入城に手間取るといった事態は、関係者においても顧慮の外のことと聞いております。
しかし現在京都市は、現在のスペース以外にもバス駐車スペースを確保しようとしています。そのこと自体にはとりたてて問題はありませんが、そのスペースのために2千㎡を越える林を伐採しようとしています。
この書簡には、写真を添付しますが、その林は、二条城の外堀にあっても、もっとも深閑としたところであります。世界遺産条約が求める周囲環境の、まさに要の部分といってもよいでしょう。
この二条城の事例では、京都市は市街の中心部、かつ史跡の直上に駐車場を建設を計画しておりますが、京都市の基本的な交通観光施策はパーク・アンド・ライドであります。市街外側、場合によっては大津市にまでも駐車場を確保し、市街ならびに古建築付近への車の乗り入れを極力避けています。四条通りにいたっては車道の車線を減少させてさえおります。どうしてこのような施策の食い違いが起こるのでしょうか。
重ねて申しあげますが、京都市の担当部署が、このような計画をし、貴台文化庁に樹木伐採の許可申請をするということは、まったく理解に苦しみます。申請に際しては、とりわけ慎重に審査されることを切望いたします。
京都市にある国の史跡「二条城」につき、あらためてご注目たまわりたく、以下一筆申し上げます。
京都市の市街中央に位置する二条城は、築城400年を越え、相当の部分が国宝の指定を受け、かつ国の史跡となっております。東寺の五重の塔とならんで、京都市を代表する古建築であり、世界遺産としてユネスコに登録されていることは、ここに申し上げるまでもありません。
非宗教的なものでは唯一のものであること、その外堀、内堀の石垣の全長が6㎞以上あること、平地にあって面積が20万㎡以上あることなど、二条城は、京都地域にある17の世界遺産の中でも際立った特徴を有しております。
現在、京都市の文化市民局文化芸術部元離宮二条城事務所がこれを管理し、一日平均の入城者は4千人以上を数えます。
市街に立地することから、地下鉄の二条城前駅が隣接するほか、二条城の入城口である大手門の前の堀川通りを通るバスの本数も十分にあり、一般入城者のほとんどは公共交通機関を利用してこの城を訪れます。一方、修学旅行生も多数で、その形態は、かつての団体移動から班別少人数の移動の見学に移行しつつあるとはいえ、大型バスが使用される場合もまだまだ少なくありません。
ところで二条城は、幹線道路の堀川通り側に広い駐車場スペースを有しています。管理者は一般財団法人京都市都市整備公社であり、バス30台、乗用車216台の駐車が可能です。修学旅行で、バスの駐停車スペースの不足で入城に手間取るといった事態は、関係者においても顧慮の外のことと聞いております。
しかし現在京都市は、現在のスペース以外にもバス駐車スペースを確保しようとしています。そのこと自体にはとりたてて問題はありませんが、そのスペースのために2千㎡を越える林を伐採しようとしています。
この書簡には、写真を添付しますが、その林は、二条城の外堀にあっても、もっとも深閑としたところであります。世界遺産条約が求める周囲環境の、まさに要の部分といってもよいでしょう。
この二条城の事例では、京都市は市街の中心部、かつ史跡の直上に駐車場を建設を計画しておりますが、京都市の基本的な交通観光施策はパーク・アンド・ライドであります。市街外側、場合によっては大津市にまでも駐車場を確保し、市街ならびに古建築付近への車の乗り入れを極力避けています。四条通りにいたっては車道の車線を減少させてさえおります。どうしてこのような施策の食い違いが起こるのでしょうか。
重ねて申しあげますが、京都市の担当部署が、このような計画をし、貴台文化庁に樹木伐採の許可申請をするということは、まったく理解に苦しみます。申請に際しては、とりわけ慎重に審査されることを切望いたします。
敬 具
2013年3月4日月曜日
身近にある危険と原子力発電所の危険と
私には、以前から、つまり2011年の3月からずっと知りたいことがあった。それは福島第一原子力発電所で、バックアップ電源のディーゼル発動機が、津浪などで浸水して使用不能になる危険性を、現場の職員はどこまで認識していたのか、ということだ。対策が打たれていなかったことは明白で、問題は、認識があったか、それともなかったか、である。
先週のことだが、これの答えになる情報があった。2013/02/27京都朝刊京都の中の特集記事に、福島原子力発電所の事故についてふれた個所があった。2011年の事故ではない。それより20年前の事故である。記事はおそらく共同通信の企画によるものだと思われるが、これによると、
「1991年10月30日、タービン建屋の配管から冷却用の海水が漏れ、地下1階の非常用ディーゼル発電機が浸水した。報告書によると、貝などの異物で傷ついた配管が腐食し、数㌢の穴が開いたことが原因とされる。」
記事には写真もあった。その写真を見ると、報告書の表紙には、
福島第一原子力発電所1号機補機冷却水系海水配管からの海水漏えいに伴う原子炉停止について
と記されている。記事によると、この事故に立ち会った職員の一人は気づいたのだそうだ。津浪がここに来て浸水すれば、同じことが起こる。しかしこのことを職場で口にすると、タブーの壁に突き当たった、とも記事はいう。福島第一では、おおよそ分かっていたのであろう。分かっていながら放置されたのである。
重大事故は起こらないように設計されていて、その設計が前提で認可が下りている以上、重大事故を想定することを、認可者、被認可者どちらもがはばかる、といったことは、官僚的社会ではじつによくある。規模が大きくなればなるほど、タブーによる締め付けはきつくなる。これは日本に限らないことであろう。
福島で起きた事故は、原子力施設特有の原因によるものではないのだ。慣習やタブーによる危険の放置といった構造は、大は国防から小は家庭まで同じものである。個人個人が、エネルギーを大量に使用する現代人にとって共通のものなのである。
原子力発電所、原子力施設がなくなれば、日本は安全、ということはまったくない。いたるところで大きなエネルギーは使われている。むしろ問われるのは、おのおのの場所でどれだけ安全を確保できるか、踏ん張れるのかということである。真の国力とは、こういったことで計られるべきだと私は思う。
先週のことだが、これの答えになる情報があった。2013/02/27京都朝刊京都の中の特集記事に、福島原子力発電所の事故についてふれた個所があった。2011年の事故ではない。それより20年前の事故である。記事はおそらく共同通信の企画によるものだと思われるが、これによると、
「1991年10月30日、タービン建屋の配管から冷却用の海水が漏れ、地下1階の非常用ディーゼル発電機が浸水した。報告書によると、貝などの異物で傷ついた配管が腐食し、数㌢の穴が開いたことが原因とされる。」
記事には写真もあった。その写真を見ると、報告書の表紙には、
福島第一原子力発電所1号機補機冷却水系海水配管からの海水漏えいに伴う原子炉停止について
と記されている。記事によると、この事故に立ち会った職員の一人は気づいたのだそうだ。津浪がここに来て浸水すれば、同じことが起こる。しかしこのことを職場で口にすると、タブーの壁に突き当たった、とも記事はいう。福島第一では、おおよそ分かっていたのであろう。分かっていながら放置されたのである。
重大事故は起こらないように設計されていて、その設計が前提で認可が下りている以上、重大事故を想定することを、認可者、被認可者どちらもがはばかる、といったことは、官僚的社会ではじつによくある。規模が大きくなればなるほど、タブーによる締め付けはきつくなる。これは日本に限らないことであろう。
福島で起きた事故は、原子力施設特有の原因によるものではないのだ。慣習やタブーによる危険の放置といった構造は、大は国防から小は家庭まで同じものである。個人個人が、エネルギーを大量に使用する現代人にとって共通のものなのである。
原子力発電所、原子力施設がなくなれば、日本は安全、ということはまったくない。いたるところで大きなエネルギーは使われている。むしろ問われるのは、おのおのの場所でどれだけ安全を確保できるか、踏ん張れるのかということである。真の国力とは、こういったことで計られるべきだと私は思う。
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